さらに石油価格の上昇は
さらに石油価格の上昇は、エネルギーを中東の石油に依存してきた先進工業国の経済を脅かした。日本でも、ニクソン・ショックから立ち直りかけていた景気を直撃。前年からの列島改造ブームによる地価急騰で急速なインフレが発生していたが、オイルショックにより相次いだ便乗値上げなどにより、さらにインフレが加速されることとなった。国内の消費者物価指数で1974年は23%上昇し、「狂乱物価」という造語まで生まれた。インフレ抑制のために公定歩合の引き上げが行われ、企業の設備投資などを抑制する政策がとられた。結果1974年は-1.2%という戦後初めてのマイナス成長を経験し、高度経済成長がここに終焉を迎えた。
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1973年(昭和48年)11月16日 石油緊急対策要綱を閣議決定、「総需要抑制策」が執られる。結果、日本国内の消費は低迷し、大型公共事業が凍結・縮小された。
トイレットペーパーや洗剤など、原油価格と直接関係のない物資の買占め騒動(トイレットペーパー騒動)、デパートのエスカレータの運転中止などの社会現象も発生した。
競争力を失った「構造不況業種」を縮小させ、成長分野に資源を振り向ける「積極的調整政策」。素材産業の不振、加工組立産業の成長。